今の時代にはない、美しいデザイン
いよいよ迫ってきた東京オリンピック。1964(昭和39)年にアジア初の東京オリンピックが開催され、その年の10月には東海道新幹線が開業。世の中はスピード時代に突入していく。また東京都内のクルマが100万台を突破したのも1964年だった。
トヨタ2000GTのリアビューなど60年代名車 画像集【29枚】
そうした1964年を中心に1960年代は、世の中も国産車も大きく変わった時代。ホンダS600(1964年)、トヨタスポーツ800(1965年)、初代日産シルビア(1965年)、初代トヨタ・カローラ(1966年)、スバル1000(1966年)、初代トヨタ・センチュリー(1967年)など、数々の名車が生まれている。こうした1960年代に登場した数々のクルマの中から5台の和製スーパーカーを振り返ってみよう。
トヨタ2000GT
60年代の和製スーパーカーといえば、1967年に登場したトヨタ2000GTが真っ先に思い浮かぶ。ロングノーズ、ショートデッキ、ロングホイールベースといった古典的なスポーツカーのレイアウトに、トヨタの野崎喩さんがデザインした優雅で斬新なスタイルが最大の特徴。
X型バックボーンフレームに、2代目クラウン用の2リッターSOHC“M“型エンジンをヤマハがDOHCヘッドでチューニングした「3M」型エンジンを搭載。ロングホイールベースを活かして、直6エンジンなのにフロントミッドシップのようなカタチにまとめ、低い車高と前後の重量バランス、そして低重心・高剛性のクルマに仕上げた。
それだけでなく、サスペンションは四輪ダブル・ウィッシュボーン、ブレーキも国産車初の4輪ディスクブレーキ、ラック・アンド・ピニオン式ステアリング、5段フルシンクロメッシュ・トランスミッションも採用。
内装も楽器メーカーのヤマハのノウハウを生かしたウォールナットのインストルメントパネルとステアリングホイール(後期型はローズウッド製)という拘り。ほかにもリトラクタブル・ヘッドライトやマグネシウムホイールなど豪華装備もてんこ盛りだった。
おかげで価格はクラウンの2倍、238万円というスーパーカーにふさわしいプライスとなった。パフォーマンスは最高速度220km/hで、日本自動車研究所で行ったスピード・トライアルで排気量無制限の3つの世界記録と13のクラス別(Eクラス)国際新記録を樹立している。
トヨタとヤマハの共同開発で、生産はヤマハが担当。1970年までに337台ほど作られた。このような希少性も人気の理由で、いまでも国産車でナンバー1のプレミアムカーだ。
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