
スポーツカーと眠る多くの人は、階段の向こうにガレージが見える上の写真の部屋を、リビングルームと思うことだろう。だがそれは大間違い。ここはCさん(53歳)宅の寝室だ。そう勘違いさせるほどCさんはインテリアのセンスが良い。それはこの家を設計した、国際的に知られる建築家、岡田哲史さんも指摘するところ。
「自分の経験から、家に大きな階段があると視覚的な効果がある」と、家作りの際に希望したくらいだ。並大抵のセンスではない。たしかにこの部屋から見える階段は印象的だ。そんな提案をするCさんは、昔からインテリアが好きだったというが、クリエイティブな仕事に就いている訳ではない。
なんと若い頃は、バイクレーサーだったというから驚きだ。当時はスポンサーを見つけられず(才能もなかったと謙遜するが)、活動を断念し事業家に転身。IT事業をはじめ、いくつものビジネスを成功させ、現在はこの年齢でセミリタイヤ。スーパーカーやバイクのある生活を楽しんでいる。
経歴からも分かるように、Cさんは、大のクルマ好きだ。事業が大きくなるにしたがい、好きが高じてスーパーカーを集め始めることに。そして11年前、集めたクルマを納めるべく、東京の目黒区にこの家を建てた。コンクリートの打ちっ放しの無機質さが好きで、弟さんの家を手掛けた、コンクリート建築が得意な岡田さんに設計を依頼した。
要望は、6台のクルマが並列に駐車できる家。内訳は、4台分がスーパーカー用のメイン・ガレージで、2台分は普段使いのクルマ用。近すぎない距離で美しいクルマを眺められるようにしたいという要望も。完成したのは希望通りの家だったが……。その後Cさんのクルマはかなり増えて6台分では足りず、今は別の場所に倉庫のような大きな車庫を借りている。
驚きのコレクションそれにしても、ガレージに6台のスーパーカーが並んだ姿は圧巻だ。メイン・ガレージに停まっているのは、左からジャガーXJR-15(1991年型)。世界限定50台の、公道を走れるレーシングカーで、ルマン24時間レースなどを走っていたマシーンがベースだ。次がフェラーリF50(1997年型)。
言わずと知れた、フェラーリ創業50周年を記念する、世界で349台だけの公道を走れるF1カーとも言われる。そして次のランボルギーニ・ディアブロG T(2000年型)は、以前譲ったクルマ。今はまた、Cさんの元に戻ってきている。そしてランボルギーニ・アヴェンタドールLP750・4SV(2016年型)。このメイン・ガレージの後ろ一面がガラス張りになっており、芝生と水盤のある中庭越しにクルマが見える構造となっている。
一方、この日のサブ・ガレージに納まっていたのは、ボディ・カラーとストライプの色の組み合わせがレアな、フェラーリ458スペチャーレ(2015年型)。そして今回はスーパーカー特集ということで、ホンダNSXタイプR(1995年型)をわざわざ倉庫から持ってきた。普段はここに最終型のメルセデスG350d(2018年型)が納まっている。
「段々とメカニカルが熟成されていくので、最終モデルを手に入れるようにしています。このGクラスのように、特別な色のモデルが登場することもありますので。色は、それぞれのクルマに合うものを選んでいます。ともあれ、なんといってもクルマは走らせないといけません。殆どのクルマはMT仕様で、入念に整備を行い、しっかり走れる状態にしています。日本で、所有するジャガーXJR -15を公道で走らせているのは、私ぐらいかもしれません」。もっとも最近は、思うようにスーパーカーを入手できなくなってきたので、60年代のアメリカ車や80年代の日本車を集め始めているとも。
普段のCさんは、同じ趣味の仲間とツーリングをしたり、自動車イベントにクルマを出品するなど、スーパーカーとの生活を楽しんでいる。先ごろは奥様とお嬢様を伴って、世界中のカーコレクターが注目する、カリフォルニアのペブルビーチ・コンクール・デレガンスへ。これほどのクルマを所有しているので、海外の著名なコレクター達との交流も多い。また、新しいコレクターを、古くからのコレクター仲間に引き合わせることも。もちろん今でも、様々なクルマで趣味のレースに出場している。スーパーカーのある家に暮らして長いので、仲間の家作りの相談にのることも少なくない。
そんなCさんが自邸に望んでいたことのひとつが、天井高の高いリビングルームだ。完成した部屋の高さは、およそ4m。もっともこれだけ空間が大きくなると、「生活していてしっくりこない」ので、建築家の岡田さんは空間に変化を付けた。例えば、ひと続きの同じ空間にあるダイニング・キッチン部分の床は、65㎝上げてある。斜線規制を避けることもあり、北側の天井を一部は大幅に低くした。こうして人の感覚に馴染む部屋が生まれたのである。
また、住宅街にあって大きな敷地なので、控えめな家であるように配慮。スキップフロアーを採用し、寝室などは道路よりも低い位置に。その上にあるリビングダイニングの天井は高いが、床の位置が低いので、隣家よりも高くならないように設計されている。採光も、道路のある南側から行うのではなく、外側を囲い、いくつもある中庭から採光するプランを選択。プライバシーを保ちながらも、開放的な家となった。
お家が一番もっともこれほど素敵な家であっても、11年も住んでいるといくつかの改善すべき点に気付くという。なにしろ40歳の時の経験と感覚での家作りだ。50代の今とでは感じ方が大きく違う。中庭に設けた階段は、予想以上に掃除が大変だった。開放的な家にするためガラスを多く用いたが、もう少し落ち着いた雰囲気でも良かったとも。
とはいえCさんは、リゾート地に出かけるよりも、家で静かにリラックスして過ごすのが好きだというのだから、満足のいく家であるのは間違いない。自分の好みを形にした注文住宅は、何にも代えがたい存在なのだ。
構造:鉄筋コンクリート造 規模:地下1階 地上2階 敷地面積:523.46㎡ 建築面積:261.63㎡ 延べ床面積:455.88㎡ 竣工:2008年 所在地:東京都目黒区
設計:岡田哲史建築都市研究所 https://ift.tt/2HBhNK6
■建築家:岡田哲史 1962年兵庫県生まれ。早稲田大学大学院修了後、アメリカのコロンビア大学大学院で学ぶ。住宅や別荘からアートギャラリー・音楽ホールまで、空間性豊かな建築は定評が。国際的に知名度が高く、海外での設計・講演も少なくない。写真はロシアの「セリゲル湖の家」。現在は千葉大学の大学院で後進の指導も。
文=ジョー スズキ 写真=山下亮一
(ENGINE2019年3月号)
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February 20, 2020 at 10:42AM
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